代表挨拶/
FOUNDER’S WORDS

代表取締役社長
林 光邦
プラスチック産業への愛着
初期のプラスチック素材研究者であった祖父にかわいがられて育ったことから、林は物心ついた頃からプラスチックに慣れ親しんできました。当時(1970~80 年代)は高度成長の余韻と(繁栄を謳歌する)ミッドセンチュリーの文化が色濃く、プラスチックは人類の未来に明るい素材と社会では認知されていました。
その後斜陽となってゆくプラスチック産業にあり続ける中で、プラスチック素材の持つ弊害が顕著に報道されてゆくようになります。「プラスチックは人類が初めて自分たち自身で創り出した素材」である以上、人類にとって良きものであるという根底的な思想を、林は長く有していました。
大学在学中から父が運営するプラスチック工場に入り、工場運営を手伝って来たのもそうした未来をプラスチック素材に感じていたからです。プラスチック産業の将来への不安プラスチック産業自体は斜陽になり、父の工場も倒産したことで、林は工場ネットワークのベンチャー企業に入りますが、より広い視点でプラスチック産業と関わり続けていました。しかし2000 年代前半からフィリピンのスモーキーマウンテンなど、廃棄プラスチックの問題が徐々に大きな課題として報道される中で、その思想の正当性にたいする不安も持ち始めました。ボランティア団体等に聞くところでは、日本の沿岸に漂着する。プラスチックごみは2010 年代の中後半から急速に増加していると言われました。
九州北岸地区や北陸でのごみの漂着実態を体感したのが2016 年で、その頃には膨大なプラスチックごみを見てプラスチック素材に対する幻想を捨てざるを得ませんでした。
なぜ私たちがやるのか
「プラスチック」は私たち人類が初めて自分たち自身で創り出した「素材」である。
木や石や皮や鉄、人類は全て自然が与えてくれた素材を使って暮らしてきた。しかし20世紀の半ばに、人類は「プラスチック」という極めて利便性が高い素材をデザインし、誕生させた。美しく賦形が自由で、腐らず軽量、さらに安価でもあるプラスチックは瞬く間に人類の生活に浸透していった。未来を象徴する素材であっただけでなく、森林伐採を減らすエコロジカルな素材の代表にもなった。プラスチックの誕生には人類の技術への思いが詰まっている。だから私はこの素材が大好きだし、これまでプラスチック産業に従事してきたことに誇りを持ってきた。
私が海岸に漂着する膨大な量のプラスチックゴミを初めて見たのは2017 年のことだ。人を幸せにするために生み出されたはずの素材は、快適な生活を願う製造業者によって世に送り出され、そして人の欲望を満たした後、飽きて投棄され、漂着地の人を苦しめていた。プラスチックは人の幸せを奪うものに変化した。素材として圧倒的な長所である「腐らない」性質が、ゴミになると生態系を脅かす原因になった。
人類は自らが幸せになるために作った技術や素材によって、幸せになるのか不幸になるのか?海岸漂着プラスチックゴミの問題は、まさにこの質問と対をなしている。プラスチックに関わる業界人は、この問題に向き合わなくてはならない。だからプラスチック業界人として私は海岸漂着プラスチックゴミの問題を解決することをbuoy という事業の目的に掲げた。便利になりたいという人の我利と、役に立ちたいという利他を共存させたいと願っている。プラスチックを再生するには既に色々な方法がある。ただしどれも致命的な問題を抱えている。ナフサから新規に材料を作り出すよりもコストがかかってしまい、そのくせ品質は低くなるのだ。
国際協調してナフサに高額の課税を行うことが出来れば、こうしたリサイクルの問題は相当程度解決するだろう。新しいプラスチック素材が高くなり、再生するプラスチックが相対的に安くなるからだ。でもこうして政策的に解決するには利害調整にかなりの時間が必要だ。プラスチック業界は多くの雇用者を抱え、抵抗は想像以上に大きい。私の残った人生で解決まで手が届くとは思えない。にも拘わらず海洋プラスチックごみ汚染によって海洋に残された時間は、認識されているより遥かに少ない。
どうすれば良いだろうか?
そもそも私がプラスチック素材を好きなのは、それを作った先人の開発を思うと「心躍る」からだ。だからそんな心躍る解決法を考えよう、そうしてもがいて生まれたのがbuoy の製造技術だ。人は経済要因だけを見ているのではない。新しい付加価値をプラスチックごみに付与することに、製造技術を特化させることにしたのだ。ごみ100%で作る製造技術にこだわったことで、出来上がった製品の模様は一つ一つ全て異なる。全ての完成品に採取地を記載しているから完成品はその時のゴミの記録になりえるし、採取者を記載していることで購入者は人のつながりを理解することが出来る。思うにプラスチック製品が捨てられる理由の一つは、作る人の顔が見えないことに理由があった。私の好きなプラスチックという素材は、このように人と人とが愛情や喜びによってつながることで発展してゆく方向に進むべきだ。
海岸に漂着するプラスチックごみの問題を調べてゆく中で、別の大きな問題に気が付いた。供給者は排出されたプラスチックの回収まで関わる必要性がある。フィリピン、インドネシアといった島しょ部を多く抱える国は、廃棄物回収の静脈物流を構築するのに非常に高額な費用が必要だ。ゴミ回収ができない。地域も存在する。でも腐らないプラスチック製品には回収のための静脈物流が必須なのだ。プラスチック製品を供給してきた業界人として考えなくてはならなかった問題点だ。今やこうした島しょ部にも大量のプラスチックが流れ込んでいる。
プラスチック廃棄物の処理に苦労している地域に対して、製造責任として回収の仕組を提供する必要があると強く思う。水道哲学があるなら下水道哲学もあるべきだろう。buoy 事業が排出された海洋プラスチックだけでなく、排出源にリサイクル装置を提供しようと考えるのは、製造責任を全うするためだ。
もう一つ、buoy の製造技術は素材を選ばない。それはあらゆるプラスチック素材をリサイクルできるポテンシャルを持つということだ。欲張りな話だがリサイクルによって海洋環境そのものを保全する漁礁や藻場礁などの製品を作ることもできる。ここまでやれたら魅力的だ。その時醜かったプラスチックごみは美しい資源に変わるだろうから。これからも私たち人類がプラスチック素材と関わり続けてゆかざるを得ないことは確かだ。私の残りの人生では、ここに挙げた全ての解決策さえ完遂させることは難しいかも知れない。だが未来の技術者はもっと魅力的な出口戦略を生み出し続けるはずだ。
なぜならプラスチック素材は、まだわずか100 年に満たない歴史しかないのだから。
